2004年12月08日
12月の雨の日
昨日は雨で今日も雨。
12月の雨の日は、決まってはっぴいえんどの12月の雨の日という曲を思い出す。
それでもって、ちょっぴりセンチメンタルな気分になったりする。
12月の雨の日に、「12月の雨の日」を聴いたことがある。
あれは高校三年生のとき。朝で、冷たい雨がふっていた。
CDウォークマンではっぴいえんどを聴きながら電車に揺られて学校に向かっていた。たしか、もう確実に遅刻という時間帯だったように思う。
電車から降りてホームを歩く。ホームには屋根がついていて雨に濡れる心配はない。
検札機を抜けるとささやかな地方都市の繁華街がある。大きなスクランブル交差点があってデパートがいくつかあって地方銀行の本店があって通勤途中のサラリーマンがたくさんいて車とバスと赤色の路面電車が走っている。
高校行きのバスに乗るべくバス停に向かおうと、雨空を見上げて傘をさそうとしたそのとき、耳にかけたヘッドフォンから「12月の雨の日」が流れ出した。あ。12月の雨の日。あ。あ。あ。絶妙のタイミングに俺は震える。そして同時に思った。
今日は学校をさぼろう。
理由なんかない。
ただ、12月の雨の日に「12月の雨の日」を聴いたから学校をさぼることにした。それだけだ。太陽がまぶしかったから人を殺した。それと同じだ。
学校をさぼると決めた俺はとある古い小さい雑居ビルに向かう。俺だけの秘密の場所がそこにあるからだ。
名前を、喫茶ブラジルといった。
店内はかなり広い。25畳くらいか。机と椅子がたっぷりある。しかし、客はいつ行っても一人か二人しかいない。
薄暗い店内。窓はあるが、赤色の分厚いカーテンで覆われている。全てがおよそ清潔とは言い難い。全てが年代物。全てが時代錯誤。壁には街の観光スポット案内やらポスターやらが貼られている。写真や絵から推測するに、ばりばり昭和のものだ。中央に大きな古いチャンネルを回す式のテレビが置かれいる。応接間用といったかんじの。のび太んちのテレビといったらわかってもらえるだろうか。それからテレビの前にテーブルが置かれていて、その上に雑誌が乱雑に積み重ねてある。この雑誌たちが総じて破れ放題のボロボロ。しかも、おそらく客が置いて行ったものなのだろう、種類も号も全く揃っていない。芸能誌からエロ本、漫画、文芸誌までなんだかもうめちゃくちゃだ。驚くべきなのが、当時、俺の知る限り、それらの雑誌の中で一番新しいのが半年前に出た女性週刊誌という事実。掘り出せば、平気で5年くらい前の漫画誌が出てくる。
この店をきりもりするのは老夫婦だ。絵に描いたようなお婆さんとお爺さん。お婆さんがカウンターで調理を担当。お爺さんがウェイター。カウンターのお婆さんは普段着であったが、お爺さんの格好はかなりきまっていた。スラックス。革靴。白いシャツ。チョッキ(ベストとは呼ばせない)。そして赤い蝶ネクタイ。
席はたくさんあったし、いつでも店内はガラガラなわけだが、どこでも好きな場所に座っていいというわけではなかった。
はじめて来た日、俺は店の一番の端の席に座った。するとウェイターのお爺さんは、こんなに席があまってるんだ、そんな端じゃなくてもっと真ん中にきなさいと俺に言った。いや、ここでいいです。と、俺は答える。すると、お爺さんはすこし不機嫌そうに、いいからこっちのほうにしなさいと言いいながら、水とおしぼりを持って俺に歩み寄ってきた。そこで合点がいった。お爺さんは片足をひきずっていた。片足が不自由で端の席まで歩くのが大変なのだ。だったら、お婆さんが配膳したらいいのに…。
そんなお爺さんが片足を引きずりながら持ってくるコーヒーは最高に不味かった。いつも煮たっていた。タマゴ型のコーヒーカップはとても小さく、すぐに飲み干せた。腹が減ってるときは200円のバタートーストを頼んだ。これをジャムトーストにすると値段が2倍の400円になるから驚きだった。一度だけクリームソーダを頼んだときがあった。それはなんだかとても懐かしい味がして美味しかった。
この店の中にトイレはなかった。雑居ビルには小さな旅行会社だとか消費者金融なんかが入っていて、それらの会社と共同でトイレを使っていた。だからトイレに行くときは一旦店を出ることになる。で、そのときお爺さんにきかれる。紙いるか?と。このビルの共同トイレは、持参のトイレットペーパーを使う決まりなのだ。
そして、一番俺が驚いたこと。俺はこの店ではじめてネズミというものをみた。大きなネズミ。マイスじゃなくてラット。はじめてこの店を訪れた日。ぼおっと向かいの壁をみつめていら、黒い影が椅子の背もたれの上を壁づいたいに走った。まさか!と思い、目をこらす。また何かが走る。あ、ネズミ!すげえ!本物!黒死病!ハーメルンの笛吹き男!ちょっと感動した。以来、何度かこの店でネズミを目撃した。ネズミを見た日は、なんとなくついてる気がした。
話を戻す。
いつもは学校帰りによるその店に、その日は朝から行ってみたわけだ。モーニングの時間とうことで、いつもより客がいた。4人か5人。みんな仕事前のオトナたちだ。
俺が意外な時間に来たことに、お爺さんもお婆さんもたいして気にもとめてないようだった。そもそも俺の顔を覚えているかどうかも怪しい。特に会話を交わしたこともなかったから。
いつものように不味いコーヒーを頼む。そしていつものようにお爺さんが片足をひきずりながらコーヒーを持ってくるのでいつものように申し訳ないような気持ちになる。
胸ポケットからハイライトを取り出す。学生服のまま煙草を吸っても何も言われない。気にもとめない。それが、俺がこの店を贔屓にしていた最大たる理由だ。
文庫本を取り出してしばらく読んだ後、ヘッドフォンを装着してはっぴいえんどをまた聴いた。この店に、はっぴいえんどはやたらと似合って、俺はなんだかフォーク全盛のあの熱い時代にいるような、もしくは、当時好きだった庄司薫の小説の世界にいるような、そんな気分になった。
はっぴいえんどを聴きながら俺は手紙を書いた。アメリカで暮らす友人に宛てたものだった。長い手紙のうちの、何枚かを書いた後、お爺さんが俺に話しかけてきた。ヘッドフォンをしていたのでよく聴き取れなかった。
ヘッドフォンをはずして、なんですかと俺は尋ねた。お爺さんは、もうお昼だよ、と言った。時計をみると12時を過ぎていた。テレビで笑っていいともがやっていた。お爺さんはそれ以上は何も言わなかった。俺の長居が気に食わなかったのか、俺にそろそろ学校に行ったらどうだ、と言いたかったのか、よくわからない。「あ、ほんとだ」なんて俺は答えて、店を出た。もう雨はやんでいた。そして、そのまま、うちに帰った。
12月の雨の日のたびに、この日のこと、あの店のことを思い出す。
俺があの店を訪れたのは、この日が最後になった。次来たときには、店はもう営業を辞めていた。とても立派な字でその旨を記した張り紙があった。
さっきテレビで、アメリカのB級文化人(ていうかGeek)たちが鬱屈した高校時代の暗い思い出を語るという番組がやっていて、どこの国でも同じなんだなあと思って眺めてたら、ちょっと昔話を書きたくなった。文句あっか。
窓を開けてみた。雨はもうあがったみたい。
RCサクセションの雨上がりの夜空にが無性に聴きたくなってきた。
そんな夜です。
yujing
投稿者 hospital : 2004年12月08日 07:18
